×××× IN MY HEAD

筒井です。夢はお笑い芸人のままです。

全国の文系大学生と現営業職へ

 

 こんにちは、昼休みです、筒井です。

何回かに分けて、仕事の話を僕のためにここに残しておこうと思います。

小説チックになっていたらすみません。意識はしてません。少ししました。

けれど、あくまで自伝です。

 

 

『配属』

 

 

 このブログでだけ唯一の主人公である筒井は2016年の3月に文系の私立大学を卒業して、営業職に就いた。社員数は約7000人、営業利益は400億にも達するような超マンモス広告企業だが、名前だけが独り歩きしているだけで「大手」とは言えない。僕も入社するまでは「大手」に期待を抱いていたが、中身はそんなことなかった。新卒の人数は2016年度で700人も採用していた。入社式は都内の巨大ホールを貸し切り、一日かけて配属発表を行い、僕は運良く自分の希望する部署に配属された。運は良かった。700人の内3人だけが、僕の希望する部署に配属された。勿論全員が希望するような部署ではないけれど、特殊故に会社の中でも「え?!そんなところに配属したの?!」となるような不思議な部署だった。一つ一つ、自分の希望が叶っていくことに、既にレールは敷かれていると期待した。入社後、数百人いる中での新卒社内プレゼンで1位を取り、鬼の首を取ったような様で配属をした。

 

 

 

『営業』

 

 

 研修制度など殆ど無かった。

 

 

 凡そ1ヶ月も経てば、架電が始まった。いわゆる「テレアポ」というやつだ。顧客リストを色々なところから探し、朝から一気に電話をかける。「お世話になっております、○○の筒井です。」週の架電ノルマとアポイント(訪問)のノルマに死ぬほど追われた。1万件くらい電話したんじゃないかな。いやいや、もっとだろう。なかなかアポイントが取れず、社内にいる時間が増えてくる。社内に居ることを上司から「なぜ営業が1日中会社にいるんだ。」と指摘される。電話をかけるしかない。泥臭く、どうにかして理由を付けて「ぜひお会いしましょう。」と言う。リストが枯渇してくる、1年目の7月頃までは「契約」なんて程遠く、入社時のプライドや希望みたいなものはもう枯れ切った。気管支炎が直らず、3ヶ月くらい変な咳が続いた。正直、精神的にも肉体的にもすごくしんどかった。

 

 

 

『契約』

 

 

 「モノを売る」ということは必要な人へ売るものだと思っていたが、そうではなかった。必要としていないところに売るのが営業だという話も、誰かから聞いたような気がする。どうにかして逃げ道を作ろうとしていた僕は「商品(広告媒体)が悪いのではないか。」と疑問を持ち始めた。ただ、僕が今でも思うのは「そう思って当然なくらいクソみたいな広告を取り扱っていた。」ということだ。そんな負のマインドの中で、同期から会社に電話が入った。

 

 

「初受注取れました。」

 

 

 予想していなかっただけに、衝撃は大きかった。普段からあまり好きではなかった同期の女性Fが初受注を決めてきた。しかも2万や3万でなく、数十万。当時の僕は3ヶ月働いても売上0円の赤字社員。この差は圧倒的だった。共に「辛いね」とやってきた同期がいきなり遠くへ行った。初受注の飲み会や契約後のフロー説明だとか、そんなものに参加する虚しさと悔しさは毎日膿のように溜まっていった。この頃から真夏になり、地獄の飛び込み営業が始まった。まだ社会に出て4ヶ月の僕には、あまりに過酷だった。

 

 

 

 

次に続きます。