×××× IN MY HEAD

筒井です。夢はお笑い芸人のままです。

霧中

 

あけましておめでとうございます。

今年も筒井をよろしくお願いします。

 

 

理想としている私生活にウエイトを置いた日々とはかけ離れて、相変わらず0時まで働いて家に帰る日がやってきた。おう、また会ったな。

 

無論、帰って風呂に入って寝るくらいしか気力は残されていなかった。世の中の29歳は20時には家に帰り、家族の時間を過ごしていたり、友人と2時間近く飲んだりしている。このままでいいのか?という未来からの焦りが俺を突いてくる。

 

2〜3年前はそんな生活どうでもよかった。でも知っている。忙しくなればきっとそんなことどうでもよくなり、霧の中に消えていくのだ。今年も心を殺して社畜を極めて、金を稼いでいく。家に帰ることよりも、仕事を終わらせることが結果安眠に繋がる。

 

引き続き俺が社会人底辺の見本をするから、もっと底辺もいるんだなと思いながら生きてくださいませ。現状維持でいこう。昨日より1.01倍楽しい日を求めて、私も頑張ります。

 

矛盾してますが

各々が誰よりもいい一年になるように願っています。

今年もよろしくお願いします。

 

日に日に

2ヶ月も更新ができなかったブログが、この2ヶ月の余裕の無さや不安定さを証明している。

 

3日で6時間しか寝ていない日々でも、後輩が何を言っても覚えてくれないことや、会社の進退を考えさせられることも、上場するとかしないとか、結局何かに残さなければ記憶の溝に落ちて浮かび上がってはこない。思い出すことを諦めた2ヶ月だった。ほんの一瞬の笑いが記憶の塗り替えを頑張ってくれていた。

 

俺は去年の半年間と比較して売上が2倍になっていた。毎月200%レベルで推移していた。正直W杯で「選手のピーク」なんて言葉を聞きながら、比較する次元は低次元すぎるものの、俺のピークも終わった気がした。会社にはどうにかして昨対比200%のセールスを手放さないようにしてほしい。25〜29歳という人生で最も青く動けるこの時期を捧げたのだから。あと基本給上げてくれ。その辺のリーマンと一緒か少し上くらいじゃ、この欲求は満たされないのよ。

 

 

 

会社に着いた。働こう。

輝かしさ

 

大人になると、変な大人によく会う。

 

 

 

常に不機嫌な大人、心配性すぎる大人、細かすぎる大人、沸点の低い大人、話の聞けない大人、事を荒げる大人、大体のトラブルの原因は大人によって作られていた。

 

 

そんな大人たちも僕も、昔はちゃんと学生をしていて、みんなが皆ぼんやりと不安や焦りみたいなものを感じながら、一生こんな時間が続くんじゃないかなという奇妙な安堵感を混ぜ混ぜしていたのかな。どこで何があって、変わってしまったのかな。

 

 

広告業×営業ということから、とかく色々な企業を相手にすることが多い。1行目に書いたような「どうしてそんな人間に育った?」みたいな奴らに頭を抱える度に僕は「きっとこんな人でも、学生時代はまずまず恋をして、課題に追われて、友達と飲んでいたんだろうな。社会の何かが壊してしまったんだな。」と思うとなんというか、同情する。一種の防御態勢に入る。

 

 

そしてそうはならないと、必ずやあの時代を引き摺り回したまま歳を取ろうと思わせてくれる。誰も悪くはない。社会が学生をモンスターに仕上げていくのだ。まるでモンスターでいることが正しいかのように。

 

 

言い換えれば子どものままかもしれないが、よく言えば「人らしく」生きようと、山手線で思う朝でした。

 

再始動、Galileo Galilei

 

 

30歳手前になって、まだこんなに感動できるんだなと思う。

 

歳を取ったせいか、過去止まっていた何かが動き出すことにひどく感動を覚える。並々ならぬ力がいることを、うっすら感じ取れるから。こういう感じなのかな?老いるって。

 

 

PORTALは高3の頃、ほぼ卒業前。

 

組んでたバンドもふわふわと無くなりかけていた。相変わらずテナーやNCIS、hiatus狂いだった僕のターニングポイントになったアルバムだ。

 

 

いつからかシューゲイザーという言葉を知り、エレクトロポップ、ドリームポップのようなジャンルにズブズブと溺れ始めた。そのきっかけがPORTALだった。きっと過去に似たようなバンドも邦楽史上でも腐る程あったのだろうけれど、ロックバンド熱をギリギリぬるま湯でキープした作品は、新たなジャンルのように感じた。それからMGMTPASSION PIT、Grouploveなんかを見つけた喜びは、なんというかサブスクでは味わえないなって、また老人地味たことを書いてしまう。当時、歩いて30分コンビニの無いような田舎で彼らを聞いてるだけで鼻高々だった俺は井の中の蛙でしかないけれどね。そして大学に入り、彼らがそこそこメジャーだということを知って砕けるのだ。

 

 

世の中に数千万と存在するアルバムコンセプトというものを、ようやく初めて理解した一枚に、思い入れは強い。どんな曲も、どんなバンドも僕の中じゃこのアルバムという「作品」に敵わない。単体ではなく、作品集としての魅力がありすぎる。対抗馬として強いて言うなら「カントリークラブ」かもしれないけれど…。

 

そしてそのバンドは新卒の頃、竹橋駅直結の某オフィスで解散ライブに行けず、前半だけ放送されるライブ配信をこっそり観ていたことを思い出させる。隣駅の九段下にいるのにと思いながら、有休も取れない状況を恨んだ。

 

そんな新卒のあのオフィスで止まった時間が今日6年経って、動き出したんだなと思うと、帰り道には感慨深いものがあった。

 

 

PORTALから10年。休止から6年。未だにFreudの歌詞は何がどうなのかわからない。こんなに浮いてる曲なのに、むしろシングルの青い栞に違和感を覚えるレベルで馴染んでいる。本当に紙一重のスレスレで「やりたいこと」と「ウケるもの」の渾身の作品という気概が伝わる。

 

 

スワンを聴いて寝る。

きっかけの損失

 

また友人が結婚した。おめでとう。

 

 

そんな奴の報告を聞くと、もっと仲良くしておけばよかったな。と繰り返し思うことが増えた。

 

夜行バスでもいいから新潟や大阪や福岡に行って、限りなく思い出を作るべきだった。ここを見てる人も、俺も、10年後には大半が30代〜40代になっている。もうきっとその頃には俺も皆を忘れてるし、俺も忘れ去られ、それぞれが今からでは想像もつかない未来を生きてる。あれだけ仲の良かった友人も遊ばなくなり、都内に住んでいても互いに距離を作り、疎遠となっていく。なぜ会わなくなったのか、理由がわからない。ただなんとなく、なのだ。

 

 

今が一番楽しいんだよな、と今も思っている。

 

 

10年前も思っていたし、去年も思っていた。今日も思っている。お金や時間を犠牲にしても、思い出を作らないといけない。2016年頃から同じことを書いている。思い出作りに生きるのだ。

 

 

 

無風

 

疲れすぎて、なにも考えられない日が続く。

 

 

今年、俺は思い出作りの為にエッセイを出すつもりだった。なかなか叶いそうに無い。パソコンに向かって、好きなことを書く時間もどうも作る気力が無くなった。引越してどうだろう。畳に円卓を置いて、胡座を掻きながらシャーペンでも握るのだろうか。時間は無限にあるようで、その文字の如く刻々と過ぎていく。今日はもう明日になる。「今」は1秒もない。続けられないことも増えた。「やらない」「やれない」が増殖を続ける。

 

 

 東北に住んでる教員の友人から連絡が来た。どうやら社会復帰を完全に果たして、給料も出ない部活なんかにも顔を出して奮闘しているらしい。張り切りすぎだろって笑いそうだったけれど、本人が楽しいのならそれでいいな。もう暫く、もしかしたら二度と飲むことも無いかもしれないけれど、しっかり応援したい。這い上がる強さは誰もが持ってるもんじゃない。そういう人と自分を重ねて、俺も頑張れている。

 

この今も無駄じゃないと思いながら、コツコツと乗り越えていく。今日も、何千回目の言い聞かせをする。ただただ、風待ち。

 

 

今朝、夏が終わった。

 

まだ、夏が顔を出す予兆はある。

 

 

秋が来るのと同時に引っ越しをした。思えば社会人になり、南行徳、錦糸町西船橋錦糸町、深沢と5軒も渡り歩いている。一回40〜50万飛んでいるとしても200万程度を家に捨ててきたのか。。。

 

でもきっと200万以上の体験をした。そう思わないと少しばかり勿体ない気持ちが寄ってくる。全ては思い出に回帰していくのだから、どんな浪費も、行動も、発言も、後悔は無い。

 

次は東中野駅となる。新宿まで確か二駅。渋谷までも20分。何と言っても家の周りにちゃんとお店もあれば、駅までも7分くらいなので、今より少しだけ住みやすくなるんじゃないかな。

 

今の家具がやたらデザイナーズ向け?コンクリ向け?っぽい揃え方をしていたので、新居のレイアウトがあべこべになりそうでビビってます。引き続き、鎌とガスコンロを求めてリサイクルショップを周ります。おばあちゃん家にある謎の花柄のコップとか、欲しいです。

 

そんな現状報告でした。涼しくなり、9月は意味もなく感情的になりがちです。弱ったら飲んで、忘れていきましょう。

 

元気です、渋谷駅に着きました。仕事です。