×××× IN MY HEAD

筒井です。26歳になりました。ウケが好き。

Instagram

 

Instagram関係の仕事をしている。

数も少ないため、少し調べれば出てきてしまうような業界の中でも不思議な会社にいる。そして弊社は社名までへんてこりんだ。

 

 

Instagramに興味はそんなにない。仕事だから扱わなきゃいけないけれど「インスタ映え」なんて言葉を狙ってコース料理を食べに行ったり、観光地で夕日を震えながら待ったりしない。しかし世の中は昨日も今日も明日も「インスタ映え」を狙った人たちで溢れていて、そんな人がたくさんいるおかげでInstagramがビジネスになり、僕のお給料に入ってくる。もっともっと使ってほしい。Instagramに生活を左右されて、四畳半の家に住みながらInstagramの世界だけは小金持ちでいるような人がもっと出てきてくれればいい。それだけ潤う。

 

 

Instagramはここ3年くらいで飛躍的に成長したような気がする。実はという話でもないけれど、InstagramFacebookは同じ会社だ(実はあまり知られてないけれど、そんなの当然だろ!って人も許してよ)そしてFacebookは日本でそんなに流行らなかった。理由はすごく簡単で、パーソナルが表に出てきすぎてしまって、中学校の頃のアイツが今何をして、誰と結婚したかまで調べれば出てきてしまう。僕ら日本人はどうやらそういうことを非常に嫌うようで、どうにかして居心地のいいコミュニティの中だけで生きていこうとしている。

 

 

島国精神みたいなものがこんなとこにも現れているってことは、まだまだ僕らも純日本人なんだろうなと感じる。話がいつも脱線するけれど、台湾は真逆だ。Instagramも流行ってはいるけれど、Facebookを登録していない台湾人なんてほとんどいないくらい主流だ。これはきっとあれだけ穏やかな国で、日本ほど他人と自分を比較しない国民性だからこそ誰もが使って、誰もが程よい距離で繋がることができているんだと思う。僕ら日本人はInstagramでもなく、FacebookでもTikTokでもなく、Twitterがお似合いだ。

 

 

そして最近、他人のInstagramを見せてもらうことにハマっている。Instagramを開くと、左から2番目に虫眼鏡のマークみたいなのがあると思うけれど、あれは「発見タブ」というなんともダサい名前があって、それにはInstagram側から「お前、これ好きだろ?」という情報がバンバン流れてくるようになっている。いわゆるTwitterのように拡散機能の無いSNSで新しい情報(パーソナル、場所)を探すのはそこがもってこいなのだ。あれは誰一人として同じものは表示されていなく、自分が「いいね」をした投稿や検索、ハッシュタグ、さまざまな情報を吸い取られた上で「お前、可愛い女の子の自撮り好きだろ?」「お前、イケメン韓国人好きだろ?」のように表示されていく。つまりそれを見るとその人が何に興味があるのか一目瞭然なのだ。これを見せてもらうのはなんだか心を透かすようで少し面白い。先日後輩の「発見タブ」を覗くと一番上の一番左に爆乳の女性が出てきていた。こういうのはネタになるし、面白い。

 

 

そんな「発見タブ」はきっと僕らの購買行動まで左右しようとしていて、今後Instagramはアプリ内で決済までが可能になる。つまり画像をタップして商品情報が出て、クレカ情報を入力すれば家に届くようになるのだ。暇な時に「発見タブ」を見ていれば僕が好きそうな商品が出てきて、すぐに購入ができる。これは中小企業さんには大変便利な機能であって、若者はAmazon以上に「なんとなく欲しくなったもの」を買うようになるのだろう。なんだかいらない機能な気もする。

 

そんな「発見タブ」から買った商品を綺麗に並べて、Instagramにアップする。それを友達に見せる。またそこから購入し、アップする。そのうち僕らはいつの間にかInstagramによって生かされる時代になるかもしれない。誰かに「コレ」を買ったことを見てほしい、「ココ」に行ったことを見てほしい、そんな承認欲求によって「必要」とはまた違う感覚で行動を起こすようになる。そんな人がもうチラホラ出てきている。というか知らず知らずに、Instagramはただ承認欲求のために使うSNSになってきた。だってほら、ネガティブなことってInstagramにアップしないじゃん。そういうことなんだよね。

 

 

かく言う僕も自分で作ったご飯を載せて褒められると嬉しいし、どこかで見せたい気持ちがあるからアップしてしまう。みんながInstagramを使う。なぜ使うか。誰かに見られたい、見せたいから。止めどなく溢れる承認欲求によって、Instagramユーザーが増え、企業から広告費が投下され、僕はそれによってご飯が食べれている。そしてそのご飯をアップする。心のどこかでいいねが欲しいのだ。

 

なんだか怖い世界(無間地獄)みたいな話になってしまった。

 

 

  そして飽き足りない承認欲求の裏側には、現実世界でどれだけ認められていない、満足していない人たちがウヨウヨと彷徨ってるのかが窺える。誰もがどこかで認められたい、見てほしい、そんなインスタに漂う怨念というか「インスタ亡霊」みたいにはなりたくないな。と思った。いや、斜に構えていてはそもそもなれそうにはない。

 

 

それでは。